2016年10月20日第2回 株式会社ZMP
The Innovator ~ イノベーションを支える人たち~
日本のものづくりの原点は、技術者や開発者のたゆまぬ努力や切磋琢磨にあります。細部にこだわり、究極をめざして技術開発に取り組む……。その姿勢は、まさにイノベーター(革新者)といえるでしょう。 ここでは、ものづくりの現場で技術者や開発者がどのような取り組みを行ったか、その軌跡を紹介します。
社会に変革をもたらす
AIや機械学習、IoT、ドローンなど新たな産業のプラットフォームとしての技術が次々と登場している。ロボットもその中のひとつ。しかし、ロボットで注目されているのは、人とのコミュニケーションを実現するAIや二足歩行など技術面がほとんどだ。「ロボットはどれだけ人や社会に役立つのかに注目しなければならない」とZMP代表取締役社長の谷口恒氏は強調する。「人にとって便利だから、人を助けるからこそ、ロボットの価値がある」という。それが地方創生にまで夢を広げる「ロボットタクシー」であったり、人手不足が深刻化している物流の現場で作業負荷を軽減する台車「CarriRo(キャリロ)」だ。
ネットバブル崩壊を機に
ロボット技術開発に舵を切る
東京・文京区小石川の閑静な住宅街。印刷会社や製本会社の小さな工場が点在する。その一角にZMPの本社と開発や組み立てを行う“町工場”がある。 「本社が入居するビルの前で電気自動車を調整していたら、地元の方が声をかけてきたので、“この辺でガレージみたいなスペースはないですか?”と聞いてみたら、“うちを使えよ”と貸してくれました」 そのガレージの扉に「パート募集」の貼り紙をしたら「それを見て入社してきた社員もいます」と谷口氏は笑いながら話す。地域に溶け込んでいる様子が伝わってくる。 谷口氏は、大学の工学部を卒業後、自動車機器メーカーに就職した。自動車が好きだったことと、その会社が兵庫県に工場を持っていたからだ。 「両親が帰ってこいというので、故郷に工場がある会社に就職したのです」 実家は天台宗のお寺。しかも谷口氏は長男。黙っていればお寺を継ぐ運命にあった。「実家に通える範囲にある会社に就職して、時間があれば寺の仕事を手伝う」という目論見があったと笑う。 「ところが入社してみると、職場は横須賀にある技術開発拠点でした。当初の目論見が崩れたので、そこで勝手に好きな道に進もうと決めた」のだという。 大手メーカーで、ものづくりの経験を積んだ後、営業やマーケティングを経験したくなり技術商社に転職。ハイテク機器の輸出入を手掛けた。インターネットがブームになると、自らコンテンツ会社を立ち上げて、トップマネジメントも経験した。 「インターネットバブルが弾けて、結局そのコンテンツ会社は終わりに。その頃、知り合いが文部科学省のロボットプロジェクトに参加してヒト型ロボットの研究をやっていました。それを見ておもしろそうだなと思い、ヒト型ロボットに取り組み始めました」 文科省の科学技術振興機構のプロジェクトで開発された2足歩行ロボット「PINO(ピノ)」は、技術移転を受けて創業間もないZMPが製造を担当することになった。その後、「PINO」のバージョンアップを経て、ロボット開発の技術は自ら開発した二足歩行ロボット「e-nuvo」へと発展する。
二足歩行ロボットは
“高級玩具”
もっとも、谷口氏は「人並みにガンダムは見ていましたが、例えば鉄腕アトムが好きとか、そういうのはありませんでした」と、ヒト型ロボットそのものへの関心は低かったと話す。 ヒト型ロボットを製作してみたものの、研究開発としては重要だが、ビジネスとしては力を入れるべき分野ではなかった。 ヒト型ロボットは、技術開発の象徴のような面がある。「ヒト型ロボットは人が託す夢を具現化したようなもの。形もそうだし、歩いてほしい、しゃべってほしい、頭が良くなくてはいけないなどです」。多くの人は、それを見て、「ここまで技術が進化したのか」と感心するだけだろう。しかし、それが自分の生活の中で役立つ姿を想像できないのではないか」 結局、谷口氏はヒト型ロボットの開発からは手を引いてしまう。思い描いていたものは、「ヒト型であれ何であれ、人の役に立ち、社会の役に立つロボット」だった。 |
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そして新たに見いだしたのが「移動をロボットで自動化する」こと。2007年に開発したのが、ロボット音楽プレーヤー「miuro」だ。二足歩行の代わりに車輪を使って自律走行し、ネットワーク接続して音楽ファイルを再生したりラジオに接続したりできる。「自律走行できるロボットで音楽を運ぶ」がコンセプト。さらにロボットが人や荷物を運べば、もっと人の役に立つ。
自動運転のロボットタクシーで
過疎化問題の解決へ
自律走行で人を運ぶ――。このコンセプトは、自動車メーカーが開発を進める自動運転そのものである。 「自動運転では、自動車メーカーが開発している技術がどうだとか、グーグルの技術の方が優れているといったような議論になりがちです。しかし、それよりもどう便利になるのかを考えるべきです」 自動運転については、すでに要素技術は十分に揃っているといわれる。実証実験も行われており、高速道路走行に関しては自動運転が可能な車種も発売されている。しかし、事故が起きた場合に自動車メーカーの責任なのかドライバーの責任なのかという議論や、普通の自動車と自動運転車が混走する際の危険性をどう少なくするのか、道路交通法など法律をどう変えていくのかなど、解決すべき問題は多い。 それらの問題を解決する可能性のひとつとして、例えば人口減少で過疎化が進む地域に特区のような場所を設けて実験する。過疎地域では高齢化が進み、人口減少で鉄道が廃止されバス便も減っている。生活は確実に不便になり、そのため家や土地を置き去りにして都会に出なければならない高齢者も少なくない。そのような地域でこそ、自動運転が役に立つ。
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「そこで考えたのが自動運転によるロボットタクシー。これが実用化されれば話題になり、地域も活性化します。企業も進出してきて人口減少も止まるでしょう」 何もしなければただ消えてしまうかもしれない過疎地域だからこそ、実験に活用でき、地域創生の効果も検証できる。 ZMPは自動運転に必要なセンシング技術などのプラットフォームは開発済みで、「RoboCarプラットフォーム」として提供。自動運転に必要なソフトもLinuxで開発し「RoboCar Autoware」としてパッケージ化した。さらにこのプラットフォームを搭載した実験車両の販売も行っている。「ロボットタクシーについては2020年の東京オリンピック/パラリンピックで実用化したい」と意欲的だ。政府も、安倍首相が「自動運転車を2020年までに実用化する」と明言している。 |