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2016年8月30日第1回 九州旅客鉄道株式会社

欧州の豪華列車の模倣ではなく
九州の魅力を伝える豪華列車に

 「ななつ星 in 九州」のアイデアは、2009年に就任した唐池恒二社長(当時、現会長)が「九州を豪華列車で巡る旅ができないか」と、長年温めてきた思いを実現するために動いたことから。唐池社長の意を受けて、企画段階から豪華列車実現に関わった九州旅客鉄道株式会社鉄道事業本部クルーズトレイン本部次長の仲義雄氏は当時を振り返る。
「トップから検討してくれという指示があり、このプロジェクトに関わることになりましたが、当時は2011年3月の九州新幹線全面開通を控えており、実は後回しになっていました」
 そして、九州新幹線が博多から鹿児島中央駅まで開業した後、ようやくプロジェクトにとりかかるようになった。「2011年4月に調査を含め企画担当を命じられましたが、当時のスタッフは私を入れて2人だけでした」という。もっとも、豪華列車の実現には何が必要なのか、車両の技術的な課題は何か、列車を走らせる路線をどうするか、走らせた場合の例えば橋梁の規格のチェックをどうするかなど、解決すべき課題はまさに無限大に存在していた。

仲 義雄氏

 「そこで、まず社内の各部署に説明に回り、実現可能かどうか、実現させるためには何が必要かといった宿題をお願いして回りました」
 JR九州の各部署は通常の業務で忙しい。そこへさらに仲氏からのお願いが上乗せされる。しかもお願いする部署の管理者たちは、全員が仲氏より年上、つまり先輩社員である。「たくさんの部署に何度も足を運んでプロジェクトの意義を説明しました。それを重ねていくうちに、ようやく理解してもらえるようになりました。なかにはプロジェクトに興味を示して、積極的に関わってくれるようになった技術職の管理者もいます」
 このようにして、社内で徐々に理解が広がっていった。そして経営会議のゴーサインを経て、いよいよ2011年12月に営業部クルーズトレインプロジェクトが正式にスタートした。
 車両デザインをはじめ、デザインコンセプトからグランドデザイン全般を担当したのが、JR九州車両のデザインを長く手がけてきたデザイナーの水戸岡鋭治氏。唐池社長が九州一周の豪華寝台列車というコンセプトを提示したときに、すぐに最初のデザイン画を仕上げるほど、水戸岡氏はそのコンセプトに共感していた。
 しかし、仲氏自身は「当初は、豪華列車といわれてもいまひとつイメージが湧きませんでした」という。
 仲氏はJR九州に入社はしたものの、もともと乗り物酔いしやすく、「自分で運転する車やバイク以外はダメ」という。しかも駅ビルなど開発事業を志望してJR九州に入ったという変わり種で、「大きな声ではいえませんが、鉄道にはあまり興味はありませんでした」(笑)。
 だが、担当課長としてクルーズトレインの実現を業務とする以上、仕事はおろそかにはできない。そこで、「世界の豪華列車を体験しなければと、ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスや、スペインのエル・トランスカンタブリコ、東南アジアのイースタン&オリエンタルエクスプレスなどに乗って、豪華列車の旅を実際に体験しました」。
 ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレスに乗車したときには、トレインマネージャーにインタビューもした。「世界一の列車を走らせたい」という仲氏に対し、トレインマネージャーは「世界一の豪華列車を日本で作るのは無理だ。なぜなら、オリエント・エクスプレスこそが世界一だからだ。欧州では長年培ったクルーズトレインの歴史がある。しかし日本にはない。日本一の豪華列車ならできるだろうが……」と言われてしまう。それを聞き、「その国や地域の文化を表現した豪華列車がある。九州の風土に合った豪華列車を作ればいい」と考えが変わったという。

九州各地の工芸品や木工技術をふんだんに使った豪華な内装