2017年3月1日第4回 落合陽一氏
デジタルネイチャーとは何か
一つの例を挙げよう。落合氏の研究室には数台の3Dプリンターに挟まれて金魚の水槽が置かれている。落合氏が用意したヘッドマウントディスプレー(HMD)をつけてその金魚鉢を見ると、水槽の中にいる金魚が水槽から出てきて部屋の中を泳ぎ回る。 |
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「今は解像度が低いので、データで作ったとわかります。でも解像度がもっと高くなり、HMDに組み込める4Kディスプレーと視野角の広いレンズが開発されれば、もっとリアルな金魚を生み出せます。すると、どれがリアルでどれがバーチャルなのかわからなくなります」。
人間の機能を今より発達させることはできないが、コンピュータの世界、ハードウェアやソフトウェアの領域はさらに発展することは確実であり、「リアルとバーチャルの区別が曖昧になる世界は、あと数年で実現するでしょう」と話す。リアルとバーチャルが混在する世界。しかもリアルとバーチャルの垣根を取り払い、リアルでいてバーチャル、バーチャルでいてリアルという世界。それが「デジタルネイチャー」なのだ。
落合氏の話は続く。「例えばコールセンターに電話するとしましょう。そのとき、対応が悪いオペレーターだった場合と、素早く対応するAIだった場合では、どちらがいいと思いますか」
人間がマニュアルと格闘して解決策を見つけ出すには時間がかかるが、コンピュータであれば格段に速く必要な個所を探し出せるし、音声もほぼリアルに再現できる。そこにAIを組み込めば、ごく自然な応対が可能になる。音声だけの電話なら相手が見えないので、話しているオペレーターが人間なのかコンピュータなのかは本質ではなくなる。オペレーターが素早く解決してくれるのであれば、人間であろうがコンピュータであろうが、どちらでもよいのだ。リアルとバーチャルの垣根がなくなる世界だ。
近い将来、車の自動運転が実用化されるだろう。センサー技術の発達やAIの搭載で、交通事故は格段に減るだろうと落合氏は考える。「リアルにこだわらないことによって交通事故で何千人も死亡する状況が大幅に改善されれば、それは人類にとって幸せなことじゃないですか」。事故が減るのであれば、リアルな人間が運転しなければならない、という前提条件は意味をなさない。コンピュータの技術を使って人を快適に、そして幸せにすること。リアルでいてバーチャル、バーチャルでいてリアル。それがデジタルネイチャーの世界なのかもしれない。
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デジタルネイチャーの世界は何年後にくるのだろうか。落合氏の答えは明確だ。「あと15年くらいでしょう」と言い切る。 |
「日本人は特に90年代までの成功体験から、機械に対する信仰が強いと思います」と落合氏は話す。「しかし、それは悲観するような未来ではありません。技術の進化によって、社会は必然的にデジタルネイチャーの世界になっていくし、それはより便利で幸せな世界だと考えています」
デジタルネイチャー研究室には、もうひとつの“野望”がある。それは「僕の考えを理解して、共有できる人材を育成すること」だ。現在、研究室には学生と大学院生合わせて30人が在籍する。
「これが50人とか100人とかに増えていけば、ちょっとおもしろいことになるでしょう」
「ちょっとおもしろいこと」とは何か。
落合氏は、すでにデジタルネイチャーのその先を見つけているのかもしれない。
落合 陽一(おちあい・よういち)氏
1987年東京生まれ。開成高校、筑波大学を経て東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。 現在、筑波大助教。他にも、メディアアーティスト、Pixie Dust Technologies CEO、VRC理事、電通ISID研究員など多くの肩書きを持つ。最近、雑誌や専門誌からテレビのバラエティ番組まで、多くのメディアでの露出が増えている。「顔が売れれば企業のトップに会えるから。つまり実業家としてのプロモーション活動」(落合氏)と笑う。一方で、その研究活動は国内だけでなく世界からも注目を集めている。

撮影:清水タケシ
監修:株式会社日経BPコンサルティング
記事中の意見・見解はNECフィールディング株式会社のそれとは必ずしも合致するものではありません。
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