2016年12月20日第3回 株式会社ビクセン 新妻和重氏
The Game Changer
試合の流れを一気に変える人--ゲームチェンジャー。
物事の流れを根底から覆し、人々の暮らしや社会、企業活動などに変革をもたらす……。
歴史のダイナミズムとは、そのようなゲームチェンジャーたちによる挑戦の結果によるものかもしれません。
現代社会を揺り動かすゲームチェンジャーとはどのような人たちなのか。
変革をもたらす視点、独自の手法、ゴール設定、モチベーションをいかに維持するか等々、変革に挑戦した者だけが語ることができる物語を紹介します。
ビクセンは天体望遠鏡メーカーとして国内トップであり、しかも世界的に見ても有数の企業だ。これまでの天文趣味の分野は、マニアックな男性中心の領域であるというイメージが強かった。会計事務所から転じた現社長の新妻和重氏は、コアな天文ファンだけでなく幅広い層に「星空を見る」ことをアピール。それが企業ミッション「自然科学応援企業」、ビジョンの「星を見せる会社」にも表れている。
ミッションは「自然科学応援企業」
--ビクセンはミッションに「自然科学応援企業」を掲げています。新妻社長自身は「科学少年」でしたか?
新妻 父(貞二氏=現会長)はビクセンの社員でした。そのため家には天体望遠鏡や顕微鏡が何台も置いてありました。おそらく製品のサンプルなどだったと思います。家にあるので自然とそれに触れるチャンスも多かったですね。小学校1年生の時に、明るく輝く星を天体望遠鏡で見たら光の環が見えました。土星だったのです。とくに父から天体のことを教えられていたわけでもないし、星がきれいだから観察してみろ、とか勧められたことはありませんでしたので、土星の環を見たことは大きな発見でした。 ただその頃は、天体望遠鏡より顕微鏡を触ることの方が多かったです。顕微鏡が立派な木箱に入っていて、それを出してセットするまでの動作が何か貴重な機械を操作しているようでワクワクしました。それで近所の池から水を汲んできて微生物を観察していました。まあ「科学少年」というよりも「理科少年」でしたね。その後、高校生くらいになると物理とか化学とか数式を扱うことが多くなりました。また高校の文系クラスには選択授業でパソコンが学べたということもあり文系に進みました。 |
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--大学では会計学を学ばれて会計士事務所に就職されます。その後、ビクセンに入社されたのはどのような理由ですか。
新妻 一言で言ってしまえば親孝行です。父はビクセンの社長に就任していましたが、後継者がいなくて私に声を掛けたということです。2005年にまず社外取締役に就任しましたが、それはビクセンの社長を継ぐことを前提として、1年間で会計事務所の仕事を後輩に引き継がなければならなかったからです。企業の会計顧問として20社以上を担当していましたから。それを1年間で済ませてビクセンの社長に就任しました。
企業の顧問として、決算だけでなく、企業経営のコンサルティングも手がけてきました。その目で見ると、ビクセンにも課題はありました。まず営業部的にBtoBには力を入れて成果が出ていましたが、コンシューマー向けの市場開拓が進んでいませんでした。天体望遠鏡を購入する人は、少年時代からの天文ファンという人が多いのですが、年とともに年齢は上がっていきます。高齢者が増える一方で、天文に興味をもつ若い人が増えなければ、市場は縮小していくことになります。それではビクセンは生き残れません。そのため、星を見てくれる年齢層を下げて、同時にすそ野を広げなければと考えたのです。それで、さまざまなイベントに参加して、まずはビクセンを知ってもらい、星に興味を持ってもらうためにいろいろなことをやりました。天体望遠鏡を製造して売るという“モノ”を提供するだけでなく、星を見ようという“コト”も提供できる企業へと方向性を決めました。
星空を見るイベントをビジネスに
--都会では夜が明るくて星が良く見えないので、確かに星を見る人は少ないですね。
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新妻 積極的に星空を見てもらい、ビクセンの名前を知ってもらいたい。最初は幅広い層にPRする、広報要素の強いイベントに力を入れてみました。それである時から、いろいろなイベントで効果が期待できると感じるようになったのです。そのきっかけが、富士山麓で開催される朝霧JAMという音楽イベントに参加したときです。音楽イベントなので星とは関係ありません。しかし好きなアーティストの音楽を聴き、仲間でキャンプしながらワイワイやっている横にビクセンのブースを設営して、「星空を見ませんか」と誘ってみたら、若い人たちが結構集まってくれました。「星を見ませんか」という広報イベントも大切ですが、星空の下で開かれているイベントには我々もチャンスがあるわけです。そこでビジネスとしてイベントを仕掛けるようになりました。 我々が手掛けるイベントとしては、まず収益にはつながらない広報イベントがあり、それから量販店などで売上促進につながる営業的なイベント協力、そしてイベンターチームが手掛けるビジネスとしてのイベントがあります。 |
2016年12月上旬には千葉県のマザー牧場で開かれるイルミネーションイベントに協力して星空観望会「スターパーティーinマザー牧場」を開催しましたし、2016年12月26日には東京ベイ舞浜ホテルクラブリゾートの子供向けイベントで「親子望遠鏡作り教室~望遠鏡で星空観察をしよう!~」にも協力します。
--星を見るというイベントでビクセンのブランドも浸透する。
新妻 星を見ることに価値を見出してくれる人が増えている、ということだと思います。そういう人が増えていることで、星空を見るというイベントが成り立って人を集められるようになったのだと思います。星空を見たいと思う人がいて、星空を見せたいという人たちがいる。最近では星空のきれいなリゾート地のホテルでの「星空鑑賞会」といったイベントも増えています。そこで、そのリゾートホテルの従業員を「星のソムリエ(R)」研修会に呼んで、星座の名前や見方を学んでもらい、ホテルのお客様からの質問に答えたり、星の見方を教えたりといったことをやってもらいます。ビクセンはそのリゾートホテルに天体望遠鏡を納め、それとともに年間保守契約を結ばせてもらうというスタイルも進めています。
イベンターチームが、と言いましたが、実は社員のほとんどがイベントに携われるスキルを持っています。そのため社内教育はほとんど必要がないほど。最初は夜、しかも野外にテントを張って、というので不慣れな面もありましたが、本質的にはアウトドア志向の社員が多いので、どんなイベントに行っても手慣れたものです。10年前にはできなかったことが、今ではできるようになったという実感があります。