2016年6月15日第1回 守りの美学 藤田一也選手(東北楽天ゴールデンイーグルス)
写真: ©ベースボール・マガジン社
“読みの深さ”こそが最大の武器
“いぶし銀”という言葉が、これほど似合う野球選手はそうはいない。東北楽天ゴールデンイーグルスの二塁手・藤田一也の持ち味は、ファインプレーをファインプレーに見せないことである。
「藤田の守備には10勝以上の価値がある」
そう語ったのは、元監督の星野仙一だ。
いないはずの場所にいるのだから、バッターからすればヒットを1本損した気持ちになる。この“読みの深さ”こそが藤田の最大の武器だ。
「ピッチャーが“打ち取った!”と思う打球は、すべてアウトにしてあげたい。それに加えて“ヒットやな”と諦めた打球までアウトにしてあげれば、どれだけ喜んでくれるか。
あとで、“ありがとうございます。助かりました”の一言があれば、僕らは報われるんです。若いピッチャーが多い分、僕らが盛り上げないとチームは勢いに乗れない。それは常に意識していることです」
ピッチャーにすれば、これほど頼もしい味方はいない。振り向けば「背番号6」が、平然と打球を処理しているのだ。ゴールデングラブ賞2回の実績はダテではない。
子供の頃から守備が好きだった。自宅の庭に大きな鉄板を立てかけ、ボールをぶつけては、それを捕る練習を繰り返した。いわゆる“壁当て”である。
こうした練習なら、ひとりでもできる。プロ野球選手に憧れていた少年は、頭の中にプロで活躍する強打者を思い浮かべ、あたかも自分がグラウンドにいるような気になってゴロをさばいた。
名手への道は基本練習の繰り返しである。同じ動作を何度も何度も行うことでベースとなる技術が身についたのである。
横浜時代の先輩・仁志敏久は藤田の守備をこう評していた。
「彼の守備には微塵もぎこちなさがないんです。一連の動きが完成されている。難しいことも同じように淡々とこなすので見栄えはよくない。いわゆる玄人受けするタイプ。僕がアドバイスしたのは“スタートの一歩を、もっと速くしろ”ということくらい。それによって打球へのアプローチがより速くなり、見栄えもよくなると思ったからです」
東北楽天は2013年に球団創設9年目で初のリーグ優勝、日本一を達成した。MVPは現在、ニューヨーク・ヤンキースで活躍する田中将大だ。24勝0敗1セーブという驚異的な成績でピッチャーの賞を総ナメにした。
その田中は、藤田への感謝の思いを込めて「藤田さんの守備には何度も助けられました」と語っていた。
ところが田中がチームを去ると同時に、楽天は低迷期に入り、今季も6月12日現在、23勝35敗2分けで5位。得点力に問題を抱える楽天が優勝争いに加わるには、クロスゲームを確実にモノにしていくしかない。玄人受けする藤田のプレーが巻き返しのカギを握っている。
にのみや・せいじゅん
1960年、愛媛県生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。五輪、サッカーW杯、メジャーリーグなど国内外で幅広い取材活動を展開。『プロ野球 名人たちの証言』、『広島カープ 最強のベストナイン』など著書多数。
